金欠主婦のオタク聖活

専業主婦の鴻ノみやが、少ないお小遣いで目一杯楽しめる趣味を探しているなんでもない日常

バルトリン腺嚢胞になった話②

こんにちわ、鴻ノみやです。
長かった通院が、ようやく終わりを迎えそうです。
今回は結構長い時間掛けて治療しましたし、再発しない事を願いたいですね……。

今回は、前回に引き続きのお話。
2年前の発症のお話です。
前回の記事はこちらをどうぞ。
www.miya-lapine.com

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眠れない。呼吸ができない

あれから、一向に良くなる気配はなく、どころか、悪化する一方。
バルトリン腺は塞がったままなので、当然上手に排出されることはなく、どんどん溜まっていく。
もう一度病院へ行こうにも、もはやバイクに跨がれるような痛みではなかった。

そして、注射器での排膿から3日経ったある日。

ついに、立つことも、座ることもままなら無くなった。
楽になれるのは、入浴時のみ。湯船に浸かっている時だけは、痛みがスッと楽になる。
しかし、家族に事情を話しても、痛みや病状を理解してくれることはなく「だらしない!」「だらけている!」と罵声を浴びせられるばかり。
特にその頃、何が原因かは不明だが、祖母の機嫌は頗る悪かった。

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布団に入って横になっても、腫れ上がった患部が圧迫されて痛い。
その頃にはもう、鳥卵台に腫れ上がっており、どう寝ても、どうあがいても痛みが走るようになっていた。
痛みのせいで、軽い過呼吸も起きていた。
それでも、その痛みを訴えることはできない。訴えることは許されない。

入眠しても、30〜1時間ほどで目がさめる。地獄のような時間だった。
冷や汗は吹き出るし、痛みで涙が溢れる。
家庭環境が劣悪すぎて、何も訴えることができない。痛いと言うことさえ許されない。
とにかく辛かった。もう、いっそこのまま呼吸困難に落ちて死んでしまいたいくらいに痛かった。
なぜもっと早くに病院に行かなかったのだろうと、ようやくそこで後悔。
でも、後悔してもどうしようもないので、とにかく明日、何としてでも母に大きな病院に連れて行って貰おうと、何とかその気持ちだけで夜を明かした。

翌朝。ほとんど眠って居ない状態だった。
祖母が起き始めるのと同時に起きて、居間に降りて、食事を取って、痛み止めを飲んだ。
もちろん、そうなった状態で痛み止めなど効くはずもないけれど。

そして、母親が起きてきて、あまりの私の惨状を見て言った。
「早く支度しろ!病院行くよ!!」

目眩と朦朧とする意識のなか、病院へ

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車に乗り込んで、軽く過呼吸を起こしている私を見て、さすがの母も惨状を理解し始めた。
車に乗ってからしばらくして、ようやくまともに話を聞いてくれるようになったのだ。
当然、「なんでもっと早く病院行かなかったの!」と怒られはしたし、それは最もな意見だったので、その怒りだけは受け入れた。

病院に到着してからが、とんでもない地獄だったのは言うまでもない。
大きな病院だったため、産婦人科も混み合って居た。
椅子はそれほど柔らかい素材ではないし、座ってると患部が圧迫されて痛い。横になるわけにもいかない。
母親の肩を借りながら、何とか患部を圧迫しないように斜めに、半ば倒れこむように座っていた。

たぶん、診察までに1時間掛かるか掛からないかくらいだったと思う。
30分以上は、間違いなく経過していた。
もはや意識は朦朧としており、声を掛けてくれる看護師さんが何を話してくれたか、覚えていないくらいだった。
幸い、母親が全て対応してくれたけど。
目眩はするし、冷や汗は止まらないし、過呼吸は治らないしで、もうとんでもない状態だった。

ようやく診察番号を呼ばれ、先生と会話すらままならず、問診も早々に治療室へ通された。

無麻酔切開

f:id:miya-lapine:20190207131942j:plain 治療室に通されてから、患部を消毒され、触診されている間、たぶん「痛い」としか言ってなかったと思う。
「だいぶ腫れちゃってますね」と先生が話して、その後、カーテンの向こう側がざわざわし始めた。
というか、明らかに人が増えている。
話し声から、看護師3、4人くらいと、ドクターも1人増えていたと思う。
相談を終えた先生から言われたのは「もうどうしようもないので、切っちゃいますね」と言う言葉だった。

ちなみに、前日眠れなかった私は、スマホでいくらかバルトリン腺嚢胞について調べていました。
切開して膿を出すと、だいぶ楽になる、という話も見ていたので、すぐに承諾。
余談ですが、治療室には母も一緒に入って私のすぐ横にいました。
切開術なんて初めてで怖かったんで、母の手をずっと握ってた。汗べったべたで(笑)

いよいよ準備が整うと、先生が「じゃあ切開しますね。痛みますよ」と言う。
覚悟はできてる。麻酔の注射と、その後のメスの痛みを考えると怖くて仕方なかったが、早く楽になりたかった。
いよいよメスが入る。
メスが入るのと同時に。

「いだああああああああああああああああああ」
めちゃくちゃ叫んだ。
叫んだ上に、引きちぎれるんじゃないかという勢いで、母の手を握っていた手が強くなる。
後から母が言っていたが「なんか出産に立ち会ったみたいだった」と言っていた。

しばらくして、ようやく痛みが治まる。
その治った痛みは、メスを入れたような痛みだけでなく、あの、患部がひたすら圧迫されたような痛みすら治っていた

その後診察室に入って、先生から衝撃的な一言を聞かされた。
「すみません。あの状態だと、麻酔するよりも先に、切っちゃった方が痛みがないと思い、無麻酔での手術になりました。痛かったですよね。すみません」と。
ちなみにこの後、術後の話とかをされたんですが、先生から5、6回くらい「すみません」という言葉が出た。
通常は麻酔して切開するところを、止むを得ず無麻酔切開したことを、ひたすら謝られて、なんだかこちらが申し訳なくなった。
とにもかくにも、切開した事によって、座ることも、術後でぎこちなくはありますが、歩くこともできるようになったわけです。


その後、母と発症の原因について話し合ったのですが、それはまた次回!


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