金欠主婦のオタク聖活

専業主婦の鴻ノみやが、少ないお小遣いで目一杯楽しめる趣味を探しているなんでもない日常

SNSを絶った事で、承認欲求を満たした話。

こんにちわ、鴻ノみやです。 ここ数日、SNSへのアクセスを一時的に絶っています。その事で、色々と変化が生まれました。 ひとつは、絵を描くモチベーションが、想像以上に上がった事。これにより、毎日の描く量が増え、数日で目に見えて上達している事。 ひつとは、精神的に安定し始めている事。生理周期を終えたのと、春に入り気候が上がったのもあるとは思いますが、明らかな変化が見られます。 元々SNSは向いていないな、と思っていたのですが、ここへ来て、それが明確に表れている。と言う話です。

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SNSでは満たされなかった。

f:id:miya-lapine:20180305140712p:plain 主婦で、地元から引っ越してきて、こちらに友人のいない私ですが、誰とも話していない。と言うわけではありません。 今まで、SNSを介して話していた人も居ましたが、昔から仲良くしてもらってる友人たちと、よく通話ツールを使って喋っています。 それは、SNSのアクセスを絶った今も続いています。 その人達の事を身内と読んでいるのですが、よく相談にも乗ってくれますし、素直に喋れる人たちでもあります。

SNSを絶って以来、イラストは身内にのみ見せるようになったのですが、びっくりするくらい褒められる。喜ばれる。 勿論、褒められる・喜ばれるだけではなく、同じく絵を趣味としている人もいるので、アドバイスももらえます。 そして何より、求められている。

ツイッターなどでイラストを上げた際、基本的には「いいね」をするだけで終了することが多いです。 それは、その関係が広く、浅いものだから。元々SNS自体、広く浅く、関係を結ぶためのもの、と思っているので、それで間違いはないのだと思います。 けれど、自分のフォロワーさんが、自分のイラストには「いいね」をするだけなのに、他のフォロワーさんのイラストには細かく感想を送ったり、何かしらを求めてるのを見ると、やはりそれが羨ましく見えてしまうもの。 それは、その人の好みがあるので仕方のない事なのですが、やっぱりそういうのを見てしまうと、悔しくなってしまうんですよね。面倒くさい性分なもので……。 それが無限に続くと、最終的には「求められないのであれば、描く必要はない」という思考が働き、結果モチベーションが下がってしまう。 自己満足で描いているのだから、描きたい時に描きたいものを描くのがベスト。けれど、それが段々「いいね」される為に描くものになってしまう。SNSにいる以上、フォロワーさんが居る以上は、見てほしいし、自分の作ったものを求められたい。

元々私は、承認欲求が強い人間なので、そう言った事柄に多く直面し、イラストを描く気力とモチベーションが下がってしまったんですよね。 結果、イラストを描く事が殆どなくなる。料理をしたり、お酒の画像をアップした方が「いいね」がもらえるのを目の当たりにすると、「私の絵はその程度なんだ」と、自己否定を始めてしまうんですよね。 結局、少しずつ少しずつ、SNSでイラストを上げる事も、イラストを描くモチベーションも下がり、不毛な毎日を送る日々が続いていました。 丁度その頃、生理周期にぶち当たりまして、ストレスとか、原因不明のヒステリーを起こすようになって、じゃあSNSを絶とうと思い立ったわけです。

勿論、感想を送ってくれるフォロワーさんや、好きだと言ってくれるフォロワーさんもいらっしゃいます。 でも、その比にならないくらいに、そう言った事実を見せつけられてしまう。 構図がぐっちゃぐちゃになると「こんなもの見せたら、失望される」とか「そもそもこんな構図、見向きもされない」とか思うと、とにかく怖くて仕方なかったんですよね。 他人の目が、本当に気になってしょうがない。

承認欲求が満たされる

SNSを絶ってからは、身内たちと話をしたり、TRPGで遊んだりして、ようやく心に余裕を取り戻し始めました。 ヒステリー起こしてた時は、身内に対する不満とかも結構ふつふつ湧いて出てきていたんですが、喋ると不思議と「あの怒りは、ただのエゴだ」と自己消化される。不思議。

そんな中で、ふとTRPGの探索者の関係性などを語りはじめ、そこから「描いてよ!」とイラストを求められたんですよね。 私から見て、私よりも絵が上手いその人たちにイラストを見せるのって、どうにも勇気がいるものです。私の絵なんて……と思いながらも、求められたら描かずにはいられないもので、もそもそと、リハビリがてら描いていく。 すると、身内はめちゃくちゃ喜んで、お返しにと描いてくれたイラストを送ってくれたんですよね。 それが、何だかよくわからないけど、とにかくうれしかった。

「あんまり皆に見せる自身がないから」と、身内一人に、個人的にイラストを送ったこともあったのですが、「もっと自信もっていいよ。鴻ノみやの絵好きだから」と言われて、「ああ、これが欲しかったんだ」って思いました。

そこからはもう本当に止まらない。 絵を描いては送り合い、絵を描いては送り合いの繰り返し。描いて消化すると、今度は送った相手から供給される。 それは自分に描いたものに対して支払われる対価のようで、嬉しくて嬉しくて仕方無かった。自分のイラストに値を付けるなら、みたいな話を、SNS上で稀に目にしていたのですが、私にとってそれは、値を付けられるよりも嬉しい事でした。

結果的に、描いてもらえるんだったら私も返さなければならない!という思考に至り、どんどんイラストを描くモチベーションが上がっていく。 構図が乱れていても、それに対して特に何か言われることもなければ、「すき!」と声を上げてくれる。 ああ、こういう、目に見えて承認されるって言うのは、何かを作り出す上で、すごく大事な事なんだな、と思いました。

元々承認欲求が満たされない環境だった。

以前ブログで書いたと思うのですが、実家に居た頃は、とにかくやる事為す事否定され続けていました。 「私の事すき?」と聞くと、冗談なのか本気なのか「きらい」という答えが返って来ることの多い家庭の中で、22年間の承認欲求が蓄積されているわけです。

家を出てからは不思議と、母親からことあるごとに「すごいね」と言われているので、実際はきちんと承認を得られていたのかもしれません。 ただ、否定されるような言葉があまりにも多く、その中に肯定されているという事実が、埋もれてしまったのだろうな、と。今では思います。 おかげで承認欲求が爆発的に肥大化したモンスターが生まれてしまったわけです。

そういうのもあって、本来は私はSNSには向いていない人間なんだろうな、と思うんですよね。 元々SNSなんて、好き勝手に呟いて、それに共感したり、それを好きだと思える人間が見る様な場所なんですから、承認欲求を得ようとしてやってちゃいけないんですよね。 それでもやはり、周りに肯定されたり、求められたりしている人間がいると、どうしても私も!と思ってしまいます。 感想貰って嬉しい!とは当然なりますし、そこで承認欲求を得られます。でも、感想送ったり「いいね」してくれたりする方には申し訳ないのですが、数週間すると結局無くなっちゃうんですよね。

たぶん、タンクに穴が開いているんだと思います。その穴をふさぐ方法は、タンクが溢れて零れるくらいの承認欲求なんですよね。 そんなものを、こんな性格で、それほどの技術もなく、取り柄のない私が、得られるわけがないんです。 SNSを眺めていると、自分よりも承認欲求を得ている人たちを見て、更にタンクに穴が開く。せっかく修繕したのに、今度は別の所に穴が開く、という無限ループに入ってしまいます。 なので、暫くはタンクの修繕を心掛けながら、ゆっくりゆっくり、現状得られるだけの承認欲求を得ていければな、と思っています。

他人の目が気にならない人間になりたいな……。

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