金欠主婦のオタク聖活

専業主婦の鴻ノみやが、少ないお小遣いで目一杯楽しめる趣味を探しているなんでもない日常

結婚は、私にとって最良の薬だった話②

同棲と結婚

同棲してからも、両親の支配におびえる日々が続きました。引っ越して来てからというもの、条件が合わないのか、仕事を受けさせてくれる場所が見つからず。

仕事をしていないことが、不安で不安で仕方ありませんでした。

家を出てからも、「仕事は始めたの?」と定期的な連絡が来る始末…。両親は、仕事をする事こそがすべてだと思っているようで、その圧力が本当にすごい。

「仕事しないでどうするの?」「何してるの?」という連絡が来ることが、本当に苦しくて仕方なかったです。そのおかげで、引っ越して暫くも、軽いうつ状態で、泣くことが多く、意味もないのに主人に謝るということを繰り返していました。

 

そんな私を見兼ねた主人が「じゃあもう籍を入れてしまおう」と言ってくれました。

確かに、籍を入れてしまえば私は主人の姓になりますし、実家のしがらみから少しは解き放たれるのかな、と感じました。

籍を入れる前、両家の顔合わせをしようと我が家に両家の両親を招いたのですが、不思議と両親は簡単に受け入れてくれました。もちろん、主人の方のご両親もなのですが。

そんなこんなで、とんとん拍子に話が進み、同棲から僅か二ヶ月で、主人と入籍することが叶いました。

 

それでも、結局生活は変わりませんでした。

「仕事は?」「何かしているの?」と聞かれる毎日は変わらず、泣きながら募集先に電話して、泣きながらお店に向かう始末。「今日は大丈夫!」と自分で思っていても、面接から帰ってきたら結局泣いている。

それが何度か続いて、働きたくないんじゃなくて、働くのが怖くなってしまいました。

結局両親には、「今は内職をしている」と嘘を伝えて、今は何とな乗り切っています。けれど、結局それもいつかはバレてしまうことなので、未だに早く仕事をしなくては行かないと思ってしまい、主人に迷惑を掛けるの繰り返し。

 

何がしたいか、何が好きなのかを理解できる環境

主人と生活を共にして、暫くして、長年付き合いのある友人から「一緒にサークル活動しませんか?」と誘われました。それを聞いたとき、実は本人には話していないのですが、すごく断りたかった。

友人は私なんかよりも絵の表現力が多彩だし、横に居ても恥ずかしいだけなんじゃないかと思ったのが一番でした。けれど、それを主人に伝えたところ「良いんじゃない?やってみなよ」「好きな事をやってお金を稼げるのは良い事だよ。支援はするよ」と言われてしまう。

 

内心めちゃくちゃ嫌だな、と思いながら「やりましょう」と友人に伝えて、劣等感を抱きながら一緒に活動していくことになりました。

 

けれど、私の絵も、その人の絵も、それぞれ違った個性があって、だからこそ一緒に活動していくのは、お互いにいい勉強になるのだと、主人と友人に教えられました。

それに、サークル用のロゴを作った時、友人が「お金を払わせてください」と言ってくれたことが、何よりもうれしかった。私よりも才能があるだろう人が、私の技術にお金を払いたいと言ってくれる。何より、私にも才能があるんじゃないかと、自身にさえなりました。

そうやってロゴが褒められていく中で、自分はこうして物を作りだすことが好きなのだと気付かされました。何となしにやってきたことが、こんなに誰かに喜ばれるなんて、と。

 

それは、たぶん実家にいた時には気付けない事だったと思います。

なぜなら主人は、常に私の意思を尊重してくれるから。

実家に居る時は「そんなことをしても身にならない」「そんなことばっかりして」と、とにかく自分の趣味を否定され続けてきた。だから、自分が何をしたいか、何をすべきかが、迷子になってしまっていたんですね。

 

けれど主人は「好きな事をしてほしい」「やりたいことがあるのなら、まずは挑戦してほしい」と言ってくれます。

もちろん「これがやりたい」という事全てを肯定するのではなく、私の力量にあったものを一番に進めてくれます。できないことは「できない」と言ってくれますし、手伝えることがあれば「何かやるよ」と言ってくれます。

結果が出なくてもう辞めた!と私がなっても「ある程度続けないと、結果は見えない」と諭してくれますし、私には荷が重すぎる事には素直に「出来る事からやってみよう」と言ってくれます。

 

今こうして続けているブログもそうです。私が文字を書くことが好きだから、それを仕事にできたらいいね、と。アフィリエイトができるブログを進めてくれました。

もちろん、アフィリエイトはすぐに成果がでるわけではないですし、続けたからってそれを仕事に出来るほど稼げるのは、ほんの一握りの人だけだと思います。

だからと言って、やる前からできない、と決めつけるのはよくない事だと、主人は教えてくれました。

「もっと現実を見ろ」と言われ続けていた趣味も、「まずはやってみよう」と勧めてくれる。その環境は、誰もが創れるようなものでは、ないんだと思います。

 

結婚は、私にとって最良の薬だった

否定されて生きていくのと、肯定されて生きていくのでは、全然生き方は違うと思います。色んなことを否定されて生きていては、生きる気力も失ってしまう。

私は、自分自身がきちんと働いてそれなりのお金を稼ぐ。という事が出来なかったので、主人が「じゃあ結婚しよう」と言ってくれた時、この人と一緒に居て良かったと、心から思いました。

一人暮らしが出来る様な肝も度胸もなかったですし、主人とこうして二人で暮らせる今は、大切しないといけない、と思っています。

 

思えば、いろんな人に否定される人生を送っていたと思います。それは親だったり、友人だと思っていた人だったり、恋人だったり、他人だったり。無気力で、とにかく毎日毎日、朝が来るたびに「死んでしまいたい」と願っていました。

私には生きている資格がないんだと思うと、食事を摂る事も出来なかった時もありました。そのおかげで、謝り癖も酷く、何でもないのに謝って、親を怒らせたり、主人を困らせることもありました。

 

けれど、今は違います。

掃除をすれば「すごい!」と感動してくれますし、洗濯をすれば「毎日ありがとう」と感謝してくれます。出す食事は残さず食べてくれますし、美味しそうに食べてくれる。それに、「美味しい」と言ってくれます。

自分の作った食事を「美味しい」と褒められることが、こんなにも幸せで温かいことだったんだと思い出されました。

私の謝り癖は、まだ完全に抜けませんが、主人は私がそうやってパニックを起こすたびに「大丈夫だよ」「そんなに謝る必要はないよ」「ここにいてもいいんだよ」と優しく声を掛けてくれます。

 

実は主人と結婚してから「これが食べたい!」という機会も多くなりました。実家暮らしの時は、特に食べたいものがなく、ある食材を適当に料理して、それを機械的に食べる。ということが多かったんです。

主人も「何か食べたいと思ってくれることはうれしい」と言ってくれますし、私もおいしいものが食べられるのは幸せだなと思います。これに伴って、食べる量もかなり増えました。

幸い、主人の実家からお米を届けて頂いているので、食費には困りません。本当にありがたいことです。お米食べている時が一番幸せです…。

というか、ご飯が美味しいと感じられるのも進化なんですよね。それはたぶん、主人が美味しいと言ってくれたり、食事中会話をしてくれることが、大きな要因なのだと思います。

 

まだ、精神的に不安定になってしまうこともありますが、それでも、実家に居た時よりは格段に、精神的にも、肉体的にも元気になりました。

さながら、主人は解毒薬ですね(笑)

 

 

幸せだと感じて生きられることが、きっと普通なのだと思います。ただの少しでも幸せだと感じられないのであれば、まずは環境を変える事が必須条件なのだと、私は知りました。

どうか、私が抱いていたものを同じ悩みを持っている人がいるのなら、まず誰かに肯定してもらう事から始めてください。それは、誰でもいいです。

家族がだめなら恋人に、恋人が駄目なら友人に、友人がだめなら他人でもいいのです。カウンセリングの先生でもいいですし、SNSを通じて知り合った人でも構いません。まずは、自分を肯定してもらえる場所を、どうか見つけてください。

 

そして、どうか他人を否定しないでください。

否定されるということは、酷くつらい事なのです。生きていく気力を失ってしまうほどに。だから、無意味に誰かを否定しないで、出来ればまずは、きちんとその理由を話してあげてください。

駄目なことは怒るのではなく、叱って、諭してあげてください。

 

大事なのはいつだって、相手を思いやる事なのですから。